「かっこいい農業がやりたいんです。『こんな農業もあるんだ。』と感じてほしいんです。」今回取材したのは、高山市丹生川町に畑を構える、寺田農園代表の寺田真由美さん。



「女性が農家に嫁ぐってとてもハードルが高かったんです。力仕事だし、休みもなく、外での作業も多い。更に自然相手で安定もしない。自分の両親に結婚の報告をした時は猛反対されたんですよ。反対に、主人の両親には『よく農家の嫁に来てくれた』と、とても喜ばれました。」


そう笑いながら話す寺田さん。彼女は25年前にこの寺田農園に嫁いできた。


夏から秋のトマト栽培が盛んな飛騨地方。3000m級の山々に囲まれ、自然豊かなこの地域は高冷地で、昼夜の寒暖差が大きく、山からのミネラル豊富な水があり、トマト栽培に最適な環境がある。昭和20年ごろから始まった飛騨地域は、日本のトマト栽培を牽引してきた、歴史ある産地でもあるそうだ。


しかし、農家の高齢化が進み、後継者がいないことで悩む農家も少なくない。そんな中、寺田さんはトマト農家へ嫁いだ。


「農業をやることに全く抵抗はなかったですね。むしろ、初めてのことがたくさんですごく興味深かったです。自然の中で仕事ができることに喜びを感じていました。両親を安心させるためにも、絶対に楽しんで、かっこよくやろうと思っていました。」


寺田農園がトマトづくりにおいて大切にしているポイントは「自分の子どもにトマトを食べてもらえるかどうか」だ。そのために、可能な限り減農薬で、1つ1つの作業に手間を惜しまない。大地の恵を生かし、美味しく、さらに安心して食べてもらえるトマトを栽培している。広い畑にあるたくさんのトマトを管理するにはとても労力がかかる。しかし同時に、自然の中での作業に、日々癒されているという。


「飛騨の風土は本当に素晴らしくて、作業は大変だけれど、仕事終わりに畑から夕焼けを見ると、農業やっててよかったな、と感じるんです。自然の恵に感謝しながら日々を過ごしています。」


寺田農園では主に3種類のトマトを栽培している。「桃太郎」「フルティカ」「ピッコラルージュ」の3つで、それぞれ大きさも味わいも違う。


「桃太郎」は大玉で、飛騨ではよく栽培されている品種。爽やかでみずみずしいのが特徴。「フルティカ」は中玉で酸味と甘味のバランスが良い。「ピッコラルージュ」はミニトマトサイズで甘みがつよく、濃厚な味わいがある。夏から秋にかけて昼夜の寒暖差がおおきい飛騨地方は、朝になると靄が出る。その靄が植物たちの表面に水滴となって付着し、根からだけでなく、実や葉から水分をとることができる。それが、飛騨の野菜がみずみずしく輝き、さらに美味しくなるポイントだ。


さらに、寺田農園ではこの3種類のトマトをジュースに加工することにも力を入れている。



「2010年に主人と一緒に会社を起こし、小さな加工場を作りました。割れや、傷があるB級品のトマトをジュースに加工し始めました。手をかけて大切に育てているからこそ、破棄だけは避けたかったんです。はじめはB級品全てを混ぜて、1つのジュースを作っていたんですが『せっかくやるならこだわりたい』という思いから、3種類に分けてジュースを作ってみたところ、品種の違いが面白いと、お客様に大変喜んでもらえました。」



今では他の農家や企業から委託されてジュースを製造することも多い。寺田農園の強みは、小ロットでの製造や、顧客それぞれの細かいニーズに対応できることだ。


「地元のおじいちゃんや、おばあちゃんが、急に野菜を持ってきて「これどうにかしてくれんか?」と頼まれることもあるんです。どんなに忙しくても、製造スタッフが依頼を断らなくて(笑)破棄はもったいないので、やっぱりどうにかしてあげたい。急な依頼に仕事が重なることもあって、大変なんです。けれど、そうやって頼ってくれることに応えることが、私たちなりの地域貢献かなって思っています。」



寺田農園に嫁ぐ前は地元のホテルで勤務していたという寺田さん。人と関わるのが元々好きだったという。その経験が今もお客様や地域の人々との深い関わりに繋がっている。


「私が嫁いできた頃、農家はJAに卸すっていうのが当たり前でしたが、徐々に直売所のようなところが増えていった時代でもありました。直売所では自分たちの采配で自由に商売ができたので、好きな野菜を作って、売ることができる。そうやっていくうちに、お客様から声をかけてもらったり、農園に直接トマトを買いにきてくれたりするお客様が増えていきました。トマトをお土産にしていただこうと、贈答用の箱入りトマトを作ったり、自分らしいトマトの売り方をできるようになりました。加工場を設けたことにより、夏場のトマトだけでなく、ジュースを販売することで、1年中私たちの製品をお客様に届けられるようになりました。」


寺田さんはトマトを入れる段ボール箱に筆でメッセージを書いたり、手紙を送ったり、文字を書くことが得意な彼女らしいやり方でお客様と関わって行った。その小さな気遣いがお客様の心をつかみ、リピートしてくれるお客様が増えて行った。


しかし、寺田さんたちの会社が軌道に乗り始めたころ、ご主人が急逝してしまった。それまで販売を担当していた寺田さんが、生産、出荷、加工など全ての業務を担うこととなった。


「農業に携わっていたとはいえ、水や土壌管理に関しての知識は乏しく、本当に何もわからなくなってしまいました。ジュースの加工も主人が担当していたのでうまく行かない日々を長く過ごしました。息子も小さく、精神的にも辛かったですが、義父母をはじめ、近隣の生産者さんに助けていただき四苦八苦しながらもなんとか持ち直すことができました。」


そこから、男性の職業だと思われがちな農業を「女性だからこそできる農業」ということを表現すべく奔走することとなった寺田さん。人と関わることが好きだった寺田さんはトマトの生産だけでなく、販売に力を入れていった。


「同じ女性、母親であるメンバーも増えて、彼女たちの意見を取り入れながら商品開発をしています。おしゃれなパッケージだったり、人に贈りたくなるようなギフトセットを作ったりしました。また、地元のイベントにも積極的に出店しています。トマトジュースを使った『とまじゅうカレー』は子どもたちにも人気です。」


「とまじゅうカレー」はトマトの酸味が生かされたさっぱりとしたカレー。子どもたちも食べられる辛さに仕上げ、温めるだけなので日々忙しい母親たちには便利な一品である。


”農業”ときくと、畑仕事だけを想像してしまうが、寺田農園がやっていることは、それだけではない。農業の可能性は多岐に渡るということを表現している。さらに、寺田さんはこんな夢も抱いている。


私はトマトを通じて、いろんなことを学ばせてもらいました。自然の中に生かされているという感覚だったり、食べるということの大切さ、楽しさを知りました。さらに、飛騨の風土の素晴らしさを日々感じています。それを皆さんにも五感で感じてもらいたいんですよね。畑を見て触れるツアーだったり、この畑の中にレストランを作って、その場で採れた野菜を使ったお料理をたべる場所だったり、みんなが飛騨の風土を楽しめる場所を作りたいと思っています。私たちを見て『こんな農業もあるんだ。農業やりたい!』と思ってくれる人が増えたらいいですね。『家業』ではなく『やりたい人がやる農業』になって行けばいいと思います。」


この取材では、寺田農園のたくさんのメンバーと話をすることができた。それぞれが自分の仕事に誇りをもち、寺田農園の農業を楽しんでいるように感じた。

トマトを通じて自分の感性を表現し、農業の当たり前の形を覆し、さらに農業の可能性を引き出す寺田さん。hiHIDAではこれからも彼女たちの活動を追っていきたい。



2023年02月21日