高山市街地から峠道を車で走ること50分。上宝町本郷地区に入ると、大きな屋根の農家や、水田など、素朴な風景が広がっていた。正面には笠ヶ岳を望むことができ、奥穂高岳や西穂高岳など北アルプスの険しい稜線も農村風景の向こうに見ることができた。



ここは岐阜県最北端の町、高山市上宝町。今回は標高650mに位置し、北アルプスから流れる高原川の源流域でお米づくりを続ける「まんま農場」に取材に伺った。


「元々は、地域活性のために始めたお米づくりだったんです。」



そう語るのはまんま農場販売促進課長の西岡和子さんだ。高山市上宝町は、元々”上宝村”と呼ばれる村で、2005年に高山市に合併された人口2700人程度の小さな町である。過疎化と高齢化により耕作放棄地が年々増えていく中、2005年にまんま農場では米づくりを始めた。



「私は生まれも育ちも上宝町で、この町の測量会社に勤めていたんです。景気もわるく、測量の仕事も段々と減っていく中、社長が『農業やろう!』と言い出したんです。地元に残る若者が少なかったり、高齢化により耕作できない田んぼが増えていくのを見て、『どうにかしんならん』と思ったのがきっかけでした。」


西岡さんは立ち上げから今日に至るまでの17年間、まんま農場の米づくりに関わっている。同地区の世帯の多くが水田を所有する上宝町本郷地区。西岡さんをはじめ、立ち上げメンバーも皆、自身の水田を所有していたため、米づくりには全くの抵抗がなかったそうだ。

 

「みんな作るノウハウはあったんですが、売るノウハウはなかったんです。また、自分達で食べる分のお米を作るのではなく、日本全国の人に美味しいと思ってもらうお米を作るには、今までやってきた米づくりでは通用しないと思いました。」


昨今の温暖化により日本国内の米作りに適した場所が低地から、内陸の高冷地にシフトしたと言われている。この地区には北アルプスからの雪解け水、澄んだ空気、豊かな土壌がある。さらに高冷地ならではの夏でも朝晩が涼しいことが、じっくりとお米の旨味を凝縮させるそうだ。


「1年目はとにかく形にするためにお米を作っては売ることをやっていましたが、あまり業績は上がりませんでした。そこで、2年目は有機肥料を使うことにしたんです。せっかくお米を作るのであれば、できるだけ自然の営みに添った形で、栽培したかった。自分の子どもや家族が安心して食べられるお米を作るために、できるだけ農薬を減らしました。」


岐阜県ではお米の栽培に対し、24成分の農薬の使用を認めている。まんま農場ではできるだけ農薬を減らしお米を育てることを大切にしている。


「農薬は1/3から1/4程度に減らし、100%有機肥料を使用しています。食べる人のことはもちろん、大切にしている故郷の土壌や、美しい水を汚さない形でお米を作りたいと思っています。例えば、害虫を駆除する時も唐辛子を煮出したエキスを使っています。できるだけ自然に優しいものを選んでいます。」


減農薬と有機肥料の使用にトライする前は、そんな方法で商売はできないと批判する声も少なからずあったそうだ。しかし、まんま農場は米づくりの新たな試みをスタートさせた。

 

そんなまんま農場では主に3種類のお米を育てている。


「『こしひかり』は半透明で、程よい粘り気があり、甘みや香りのバランスが良い。『いのちの壱』は岐阜県下呂市で発見された突然変異株の品種で、大粒で甘みや香りが強く、お米のお腹の部分が一部白っぽくなっているのが特徴です。『ゆきまんま』は白濁色で甘味が強いもっちりしたお米です。玄米もおすすめです。モッチリとおいしくお召し上がりいただけます。


どのお米も収穫後、残留農薬検査をし、無事に通過するとスタッフみんなで味見をする。みんなで食べる採れたてのお米の味は格別のものがあるそうだ。


「わたしは『ゆきまんま』が好きですね。少し硬めに炊いて、おにぎりにすると絶品です。餅米に近いもちもち感があるので、フワッと軽く握るくらいでも大丈夫。塩にぎりが一番おすすめです。」


さらに西岡さんたちは大切に育てたお米を毎年コンクールに出している。


こしひかりは【全国米・食味分析鑑定コンクール】で総合金賞を2度受賞。

いのちの壱は【あなたが選ぶ日本一おいしい米コンテスト】で日本一。

ゆきまんまは【全国米・食味分析鑑定コンクール】特別優秀賞。

 


「味に自信をもってお客様にお届けするために、毎年コンクールに出品しています。特にいのちの壱で日本一をとった時は新聞やテレビなどさまざまなところで取り上げていただき、全国のみなさんにまんま農場のお米を知ってもらうきっかけとなりました。」


しかし、西岡さんたちの日々の作業にはこんな苦労もある。


「この上宝町は山々の谷間にあるので、広い土地が少ないんです。また、転々とする耕作放棄地を少しずつ買い取って田んぼを広げて行ったので、作業効率も悪い。広く開けた土地で米づくりをするのと比べ収穫量もそこそこで留まってしまいます。」


まんま農場は約45ヘクタールの水田を所有している。東京ドーム10個分の水田を従業員6名程度で管理している。

 

「田植えや稲刈りなどの忙しい時期は退職されたおじいちゃんたちや、地元の高校生などに手伝ってもらってます。町のみんなでまんま農場のお米を作ってもらってます。さらに加工も含めると、まんま農場では30人程度の従業員が働いています。そのほとんどが地元の人間です。」


地域の活性が目的で始まったお米づくりは、小さな町の産業と雇用の中心となっている。


西岡さんはさらに新たな挑戦に踏み出している。


「まんま農場のお米からできた米粉を使い、パンを作って、地元保育園給食やスーパーに販売しています。きっかけは自分の息子のアレルギーから始まったのですが、同じように悩みを抱えるママたちに選んでいただけるようになりました。」


お米を育てるだけでなく、さまざまな可能性に挑戦している。



最後に、西岡さんにこれからの展望について伺った。


「とにかく、続けることですね。続けることで、地域の雇用を促進させていきたいです。また、上宝町という素晴らしい土地から生まれる「そのまんま」の製品をたくさんの人々に手にとっていただけるきっかけを増やしていきたいです。多くの人に知っていただくことが地域の活性に繋がると思っています。」




飛騨地域の中でも最北端の山々に囲まれたこの土地は決して便利な土地ではない。しかし、都会にはない風景が残されている。地元を大切に思い、さらに発展させて行こうとする彼女たちの情熱は米づくりにも現れている。この土地の自然の恵を存分に受けたまんま農場のお米をぜひ一度召し上がっていただきたい。



2022年12月26日