今回伺ったのは飛騨北部に位置する飛騨市古川町。年に一度の古川祭ではさらし姿の男たちが大太鼓を乗せた櫓を担ぎ、大きな音を鳴らしながら町を巡る「起こし太鼓」でも有名な街である。


古川町弐ノ町通りは古くから宿や商店が軒を連ね、現在でもその名残りを味わうことができる。その一角に井之廣製菓舗がある。創業は明治41年。「味噌煎餅」を造り続けて100年以上という老舗である。


井之廣製菓舗店長の井之丸勝美さんに、100年以上つくり続ける味噌煎餅について話を伺った。


「味噌煎餅は自家製味噌と、卵、小麦粉、てんさい糖の4つの素材からできています。創業当時、卵は高級食材だったため、昔は高級菓子のひとつだったそうです。それぞれ国産の素材にこだわり、中でも味噌煎餅を作る上で味の決め手となる自家製味噌は、3年間熟成させた、こだわりの味噌です。」


飛騨地域では冬に味噌を仕込む。昔から「寒の水は腐らない」という言われがあるからだ。気温が最も低くなる時期は水の雑菌が少なく、澄んでいる。昔の人たちは、大寒の日に汲んだ水を樽に詰めて保存し、夏場に使う習慣もあったそうだ。





井之廣製菓舗では毎年お正月明けに味噌を仕込むそうだが、飛騨の1月の気温は平均5度程度。最高気温が氷点下にとどまる日もある。その中で冷たい水を使うことは厳しい作業だと想像できる。


「味噌の材料である大豆は秋田県産、米麹は飛騨産こしひかり、塩は能登塩を使っています。1度で1トン分も仕込むんです。それを土蔵の中で3年間熟成させます。作業は本当に寒いですが、『寒の水は腐らない』という言われを守りつづけています。」


3年間の熟成期間を経た味噌はコク深く、風味豊かに仕上がり、まろやかさが増す。熟成による味わいの変化は化学調味料では表現できない。日本人が昔からやってきたシンプルな味噌づくりを井之廣製菓舗では続けている。煎餅づくりの手法も創業当初から変えず、1枚1枚丹念に作られている。



味噌づくりから始まるこの煎餅は、3年の時を経て、煎餅の材料として使われる。素朴だけれど、風味豊かな味わいは長い熟成によるものだと窺い知れた。

その他の材料も岐阜県内産のさくらたまご(衛生的な環境、良質な餌を食べて育った、国産鶏のたまご)、北海道産小麦粉、北海道産てんさい糖などを使い、すべて国産原料で安心安全なおやつを作ることを大切にしている。


また井之廣製菓舗では2015年ごろから、プレーンな味噌煎餅にさまざまなトッピングを施したスイーツ煎餅を販売し始めた。


▲焼きたての煎餅が柔らかいうちに手作業でカーブをつける。



「たくさんの人に味噌煎餅を食べてほしいという想いから、2015年ごろからスイーツ煎餅を作っています。えごまや、山椒など飛騨らしい素材を使った一風変わったせんべいもあります。できるだけ地元の食材だったり、岐阜県産の食材を使うようにしています。」


さまざまな商品を作る際は「新商品開発の日」を設けて、全ての作業をとめ、従業員全員で商品開発に臨むそうだ。香ばしく甘い香りが漂う工場の中を見せていただくと、和気藹々とした雰囲気の中、作業する女性たちの姿が見られた。


「商品開発の時はみんなで試行錯誤して、いろんなことを言い合いながら自由に商品を作ってもらうんです。普段は仕事のことだけでなく、自分のことだったり、子どものことを話したり、本当に仲良くて笑いながら作業していますよ。」

「ちょこっと緑茶玄米入り味噌煎餅」は、緑茶を使ったせんべいを開発中に、緑茶だけでは見た目のまとまりがないと悩んでいた井之丸さんに従業員の女性が「玄米を乗せてはどうですか?」と提案して生まれた。玄米も、緑茶も岐阜県産を使用し、新商品が生まれた。

▲手作業でトッピングを乗せていく

「1枚1枚手作業でトッピングを乗せているので、季節限定の『ちょこっとバラ入り味噌煎餅』や『ちょこっとお芋入り味噌煎餅』はとても繊細な作業で時間がかかるんです。みんな手先が器用で、いろんなことを話しながら、とても丁寧に、きれいに仕上げてくれています。」


この日は香ばしい香りが漂う中『キャラメルナッツ入り味噌煎餅』の作業をしていた。まず、煎餅の中心にキャラメル味のチョコレートを丸くぬる。それが乾く前に、くるみ、アーモンド、かぼちゃの種などのナッツをバランスをみながら、ひとつひとつ手作業でトッピングしていた。できあがった煎餅たちが並ぶ姿がとても可愛らしかった。


女性ならではの繊細さ、しなやかさ、そしてアットホームな雰囲気が、味噌煎餅づくりの大切な要素となっているように感じた。



最後に井之丸さんに、どんな人たちにこの味噌煎餅が届いてほしいかを伺った。


「元々、保育園や学校のおやつとして地元の子どもたちが食べてくれていましたが、スイーツ煎餅を始めたことによって、さらに若年層の人たちにも食べてもらえる機会が増えました。シンプルな食材で作られたこの味噌煎餅は、素朴だけれど、安心して食べられる。それが大切なことですよね。安心なおやつのひとつとしていろんな人に食べてもらえると嬉しいです。また、今はチョコレートを使った商品開発をしています。トレーサビリティのあるカカオ豆を使用し、サスティナブルな煎餅をつくりたいと思っています。そういった商品を通して、井之廣のこと飛騨のことを知って頂けると嬉しいです。」



味噌煎餅をおやつとして食べて育つ子どもたちにとって、この味が「懐かしい味」となっていく。飛騨の素材をたっぷりと使った井之廣製菓舗の安心の味噌煎餅。シンプルな素材で作られた煎餅を口に入れると、ホッとする時間が流れる。飛騨のあたたかく、素朴な人柄を思い出させる、優しい味わいを感じてほしい。









2022年12月26日