「日本には管理されないままの里山が多く存在しているんです。アロマオイルの材料を収集するために里山に入り、人の手を加える。すると、森の中に光が入り、そこにある生態系が本来あるべき姿に戻っていくんです。」

 


国産アロマオイルを手掛けるyuicaの高山事業本部 中部関西営業主任の住 友子さんを訪ねたその足で案内されたのは広大な森。なつかしい空気と生命の息吹を感じる特別な場所で、人と自然が生み出すプロダクトについて伺うことができた。


▲山々に囲まれた街

 

観光地として知られる飛騨高山の中心となる岐阜県高山市は、その面積の90%を森林が占める「森の街」でもある。そんな豊かな木々を生かして発展したのが木工で、世界的にもファンが多い。他にも、先人の知恵が文化となった伝統工芸や、内外から多くの観光客を呼ぶお祭りなど、歴史と文化が折り重なった街だ。


そんな高山市の中心部から山々のふもとに向かい車を走らせること20分。徐々に道幅は狭くなり、行き交う車も少なくなってきた頃に、飛騨の木々を活かし、小物から家具、そして家作りまでを手がける木の職人たちが集う「オークヴィレッジ」という工房が見えてくる。この中の一角に、今回目当てのyuicaのオフィスがある。


▲森の中に佇むyuicaのオフィス

「オークヴィレッジで木材を加工する際に、まず材料となる木を乾燥させるんですが、そのときに木からオイルが染み出てくるんですよ。これって何かに使えないかなとおもったのが最初ですね。」


当たり前に染み出すオイルを活用しようと動き出したこのプロジェクトは3年間の研究期間を経て、「yuica」となった。


実は、日本産のアロマオイルというのは相当に珍しい。市場の商品のほとんどは外国産。オイルを有効活用しようと始まったyuicaにはどんな思いがあるのだろうか。


「ちょっと森を見てみますか。」


そう言って案内されたのは、オフィスの裏側に広がる広大な森だ。オークヴィレッジの製品や、yuicaの原料となる木々のほとんどはこの森で育まれている。鬱蒼とした森でありながら、空に近い木々から、足元の草まで生き生きとしているように見え、空気が澄んでいる。


▲まだ小さな姫小松の木

 

「私たちのオイルはほとんどがこの周辺の森から採れています。そして、私たちが念頭においているのは、森の環境保全なんです。」


実は、人々の生活スタイルが変化する中で、日本には管理されないままの里山が多く存在している。ここ飛騨の森も例外ではない。


「アロマオイルの材料を収集するために里山に入り、人の手を加える。すると森の中に光が入り、そこにある生態系が本来あるべき姿に戻って行くんです。」


そうこの森に感じる心地よさは、自然だけで生み出されているわけではなく、人と森の共生で育まれているものなのだ。


「特に針葉樹は人間が過去に植林したものがほとんどで、放置しておくと森に光が入らなくなるんです。すると、木の根っこが育たず、表土が崩れやすくなります。それを防ぐために間引く作業が必要で、その時に出る大量の間伐材をアロマの抽出に使うんです。」


森と人が共に生きる中で生まれたのが、yuicaのアロマオイルというわけだ。


▲クロモジの植樹の様子



飛騨の森から採れるものはクロモジ、ニオイコブシ、スギ、ヒノキ、ミズメザクラ、ヒメコマツ、アスナロ、モミ、サンショウの9種類。その中でも、スギやヒノキ、ヒメコマツは、枝葉部、葉部などと更に細分化している。この多様な香りを活かすことができるのも、自社で材料を集めているからこそ。


「これだけ多くの種類のアロマオイルが採れる場所は日本でも少ないんです。それぞれの状態を見極めながら、丁寧につくっていくんです。」


yuicaが採用するのは、水蒸気蒸留法という抽出方法。たった1ml抽出するのに、1Kgの材料が必要になる。それぞれの木を調達するのも一苦労な上に、広葉樹は森の保全のために枝葉しか採らないという方針だ。量産ができないのにもうなずける。


▲黒文字の枝


たいへんな労力と時間をかけて生み出されるアロマオイルには、どのような思いが込められているのだろうか。少し悩みながら、住さんはこう話す。


「わたしたちのつくるアロマオイルは、シンプルなんです。自然の恵みを抽出している。だから『飛騨の森』の香りがするんですよね。商品にするのに必要なもので、飛騨で調達できないものでも、できる限り日本産で、自然なものをと思っているんです。


香りというのはダイレクトに脳に届くんです。だから、どんなところにいても森にいるような感覚を味わえる。都会に住む人が、気軽に自然と繋がれるような使い方をしてもらえるとうれしいですね。」


香りで癒やされる時間をつくる。それは、現代社会のストレスや、常に情報が溢れ目移りしてしまう注意散漫な社会にあって、人としての時間を取り戻す行為でもあるかもしれない。yuicaの香りが、森へといざなうのだ。


最後に、住さんおすすめの香りを聞いてみた。


「飛騨を代表する香りは、クロモジとニオイコブシです。クロモジはリラックス、ニオイコブシはリフレッシュとイメージしていただけると良いかな。クロモジは夜、ニオイコブシは昼の雰囲気が合いますね。どんな香りか想像がつかないというときは、入浴剤やハンドクリームなどから始めてみるのがおすすめです。直感的に自分が落ち着く香りを見つけていただくのも良いと思いますよ。」


日本で育った人は、日本の木の香りにどことなく懐かしさを感じるのだそうだ。大人から子どもまで、yuicaのアロマオイルを試したときに感じる、どこか遠くから声が聞こえてくるような感覚は、わたしたちが生きてきた自然と人の共生の記憶なのかもしれない。



2022年10月18日