自然豊かな飛騨地方。その豊かな自然の中で徹底した管理の元、育てられる飛騨牛。飛騨牛は今や全国有数のブランド和牛として認知されている。その味を知ることは飛騨の旅の醍醐味と言っても過言ではない。

今回伺ったのはその飛騨牛から生まれる「飛騨牛革」の専門店「HIDA Calf」。食べるだけでなく、革製品として飛騨牛のブランド化を目指して、その在り方を伺った。

「それまで『国産牛革』として流通していた『飛騨牛革』を飛騨牛と同じように価値をつけること。それが飛騨牛革ブランドとしての始まりでした。さらにこの飛騨の地でその価値を広め、地産地消に重きをおくことを大切にしています。」

そう話すのはHIDA Calf代表の鈴木昌樹さん。彼は元々飛騨牛から生まれる食用肉以外の副産物(骨や原皮や脂肪など)を販売する会社に勤め、飛騨牛の原皮の処理をしていた。


「食用枝肉を取った残りの部分、脂、原皮、骨などのことを畜産副産物と言います。そういったものを食肉工場から仕入れて、脂肪は洗剤の元や牛脂に加工、骨は一部出汁用に卸すといった仕事をしていました。はじめは食用だけでなく『飛騨牛革』としての認知度を高めたいということからその会社から派生し生まれたのがこの『HIDA Calf』です。」

鈴木さんの前職での作業内容というのは、屠殺された動物を扱う以上、非常に過酷なものと想像できるのだが、その一貫の過程にたずさわってきた皮革職人は数少ないのではないかと鈴木さんは言う。

「原皮の腐食を防ぐためにまず、脂を削ぎ取り、両面塩鞣しを行い、脂を削ぎ取り、血抜きや水分を出すといった防腐処理作業をする。そういう仕事をやっていました。匂いも、見た目もすごいですよ。慣れですけどね。」

HIDA Calfでは、鈴木さんの前職である関連会社から指定して、飛騨牛の革のみを仕入れられる。さらに飛騨牛は肥育時に個体識別の管理を徹底しているため、牛を育てた生産者まで特定することができる。トレーサビリティを追うことができるということは、責任を持って育てられた牛であるという証拠である。



「地産地消を目指す上で、私たちがまずはじめに取り組んだのは『ランドセル』の製作でした。飛騨牛の革を使って、ランドセル専門の工場で製造してもらい、それを当店で販売することから始めました。」

この地域で育てられた牛たちを食用として食べる。そしてそこから生まれるさまざまな副産物をも余すことなく使う。そして、皮革をランドセルにすることによって、地域の子どもたちだけでなく、その親、おじいちゃんおばあちゃんまでもが、飛騨牛の革に触れることができる。それがHIDA Calfの目指す地産地消の形だ。

「食べるために屠畜された牛の皮革を、鞣し、染める。最後には生まれ変わってランドセルになるんです。ランドセルって、子育てにおける節目の買いものですよね。大切な節目に地元の飛騨牛革でできたものを選んでいただけたら嬉しいですよね。」


地元でうまれた牛革のランドセルを背負って小学校に通うことの意味は小学校に入学する1年生にはわからないことかもしれないがHIDA Calfのランドセルを選ぶことで「地元を考える」さらには「食べることを考える」「命を考える」ことの小さなきっかけになるはずだ。

鈴木さんは毎年新1年生となる子どもたちにむけて飛騨牛革ランドセルの販売を拡大したいと奮闘している。2011年から始まったランドセル作りは、少しずつ広まり、飛騨地域の小学生たちはもちろんのこと、生まれ育った飛騨を離れて暮らす世帯などにも選ばれ続けている。丈夫で、なめらかな肌触りの飛騨牛革ランドセルは6年間使われ、子どもたちと共に成長し、変化し、深みを増していくのだろう。

そして、さらにHIDA Calfではランドセルをさらに加工することもできる。

「6年間使ったランドセルをお持ちいただければ、ランドセルの革を使って更に小物に加工できますよ。」

6年間背負い続けたランドセルは名刺入れや、パスケース、財布、キーホルダーなどに生まれ変わる。丈夫で長持ちする革製品はさらに使い続けることもできるのだ。


「はじめはランドセル販売だけでしたが、2011年から12年の間に私も革の加工の勉強をし、レザー職人としてさまざまな革製品を作ることができるようになりました。オーダーメイドもできるので、お客様の思い描いているものを形にすることもできます。」

そんな中、hiHIDAのプロダクトデザイナー平本知樹氏が鈴木さんに声をかけ、飛騨牛革を使ったスタンドやトレイを製作することとなったのが2018年だったという。

「これまで自分では発想しなかった、飛騨牛革の柔らかさを活かした曲線的なデザインでした。入れるものに傷がつきにくかったり、ものの大きさによって形を変えられたりするところも飛騨牛革の特徴をうまく活かしてデザインされているなと感じました。」

飛騨牛から生まれた革であるというストーリーを知ることで、他の革製品を選ぶよりも、特別なものになる。飛騨牛革はこれからもさまざまな形となり、たくさんの人の手に渡ることとなるはずだ。動物のいのちを食べるだけでなく、余すことなく使うという意識を広めている。



最後に、鈴木さんは

「やっぱり、年長さんの子どもたちが入学前にランドセルを取りに来て、笑顔になって喜んで帰っていく姿を見ると私も嬉しいですよ。」

取材中も偶然、ランドセルを引き取りに親子がお店へ来店し、引き渡しの瞬間に立ち会うことができた。

「6年間、大事に使ってな。勉強するんやぞ。」という鈴木さんの言葉に嬉しそうに「うん!」と返事をする新1年生男の子の姿。鈴木さんはこれから子どもたちの毎日に寄り添うランドセルを嬉そうに見送った。

食用飛騨牛の副産物としてうまれる牛革。さらに、そこからうまれる革製品たち。ランドセルから始まった小さなお店は、飛騨牛に新たな価値を生み出し、更に、地域で育まれる牛が食卓に並ぶまでのプロセスを見直そう、という提案をしている。食用としての飛騨牛と、革製品としての飛騨牛を線でつなぎ、更にその製品を長く使い続けることで、飛騨牛のストーリーを長く語り継ぐことができるのではないか。

製品の素材がどこからやってきて、誰が作っているか、明確にわかる製品は大量生産、大量消費を続ける今の日本にはまだ浸透していない。HIDACalfだけでなく飛騨にはトレーサビリティが明確な、小さな商いを続ける作り手がたくさん存在している。いち消費者として、どんなものを選んでいくのか。自分たちの暮らしを再考したい。




2023年03月06日