「飛騨匠」という言葉がある。その歴史は奈良時代までさかのぼり、当時「飛騨工制度」として、飛騨に対して税を免除するかわりに、木工技術者を都へ送ることを定めた全国唯一の制度として形作られていた。平安時代末期までの約500年にわたり続いたとされ、当時の文学などを通じて「飛騨の匠」は、実直な木工技術者の代名詞となった。飛騨の豊かな自然に育まれた「木を生かす」技術や感性がいかに重用されたかをあらわすエピソードだといえる。そんな飛騨の木工1300年の伝統は、今に脈々とつながっている。

 

飛騨地域は、日本各地の有名な社寺仏閣を建立してきた優秀な職人集団を輩出してきた。その背景にあったのは、豊富な森林と良質な木材が豊富に採れたことがあげられる。そして木材をあやつる技術は、近年良質な家具作りに活かされ、新たな価値を生んでいる。

 

 

▲飛騨の匠の技術

そんな飛騨の木工の今を知ろうと、日進木工に伺った。

 高山駅から車で5分。シンプルながら風格のある社屋と工場が見えてくる。カフェも併設された素敵なショールームがあった。

 「高山の地で家具作りが始まっておよそ100年。日進木工は今年で創立76年目なんです。」


そう語るのは、3年前に代表取締役に就任されたという北村卓也社長。飛騨工としての歴史がありながら家具作りが始まったのは100年前というのは意外に思えるかもしれない。


「飛騨産業さんという飛騨の家具の先駆者的な会社があり、そこが1920年に最初から椅子を作り始めました。家具の中でも椅子から作り始めた産地って、日本中でここだけなんです。他の木工家具の産地は、旭川や九州の大川とか広島とかがありますが、だいたい箪笥などから始まっているので、飛騨は他から見ると結構特殊なんです。」

 


実は家具の中で最も作るのが難しいと言われているのが椅子。技術が必要なのはもちろんだが、中でも飛騨の家具の特徴は「曲木」だ。実はそこに、飛騨工の技が生きている。そのダイナミズムは、日進木工の歴史からうかがい知ることができる。


日進木工の創業は1946年。当初はこたつのやぐらなどを作っていたが、当時海外販売が活況だった飛騨産業を支援するかたちで家具製作に進出。技術を教わり生産できるものが増える中で高度経済成長を迎えて栄えていった。


ターニングポイントとなり「先見の明があった」と笑って語るのは、1960年代の話だ。当時専務だった北村氏の祖父である北村繁氏が北欧やドイツに視察へ行った際に、当時の北欧家具を見て、「これからの日本の住宅に合うのはこういうスタイルだろう」と確信。以来、民芸調ではなくモダンでスッキリしたデザインの家具を70年代から作り続けているという。


▲椅子作りの様子

飛騨産業から家具作りの技術が伝わったとはいえ、椅子をすぐに作り始められたのはどうしてなのだろうか。


「最初から曲木で椅子を作れたのは、これまでの飛騨の匠の技が残っていたからだと思います。当時はまだ木材が採れていたので、地元で採れた木を活かしながら飛騨の匠の技で椅子にしていくことで、この地域はどんどん家具の産地として発展してきました。ひとことで言えば、椅子作りに長けた産地、基本的な技術が蓄積されてきた地域だったからできたということでしょうね。椅子に関しては、飛騨が種類も生産量も全国一で圧倒的なんです。」

 


このエピソードは、木がどのように活かされるかは時代と共に変わるとはいえ、木への理解と、木を活用する技術は1300年育まれたDNAが今もしっかり残っている証左といえるだろう。この確かに技術力に下支えされた家具が、飛騨の伝統を、今に通じる価値にしている。


日進木工の本社裏をのぞいてみると、「狂ったように」器が置いてあることが特徴の材木置場を見ることができる。うず高く積まれている木材は圧巻だ。実はここにも、こだわりがある。


「日進木工は、自然乾燥を一年から一年半くらいかけてやるんです。ちゃんと乾燥させないと家具にした時に木が反ったり、狂いがでたりするので、乾燥という工程はとても大切なんです。」


現在の木材加工の現場では、乾燥炉に入れて人工乾燥させるところも多い中、日進木工は自然乾燥にこだわる。その理由は、日進木工の最大の特徴でもある軽さにある。

 ▲積まれた木材


「うちの家具は本当に細くて、最も軽いものだと3.5キロほど。1番の特徴はまさにこれです。日進木工の家具といえば軽い。椅子って毎日動かすものなので、重いと嫌になるんですよ。特にお年寄りとか女性でも片手で持ったりできるし、軽さというのはひとつの機能だと思っています。」


軽いからこそ強度を出さなければいけない。そこで、人工乾燥よりはるかに手間のかかる自然乾燥を採用し、家具の強度への不安を払拭している。また見えないところでも、飛騨工の技が活かされている。そのひとつが「ほぞ組」だ。継ぎ目を工夫することでより強固に組み上げることができる。


「伝統とは守るべきものではなく、超えるものである」という言葉が、「飛騨の家具ものがたり」という冊子に記されている。この言葉を体現するように、日進木工も新たな挑戦を進めている。


そのひとつが、飛騨さしことコラボしたスツールだ。

▲飛騨さしことコラボしたスツール

 

「最初は全然イメージがつかなかった」と笑う北村さん。しかし実際に座面に張ってみると全く印象が異なったという。


「すごくしっくりきたんですよね。さしこの温かみみたいなのがあって、モダンな感じですごく良い。」

飛騨高山で生まれ、それぞれが独自に発展してきた伝統産業。それらが今、それぞれの技術をもちより、新しい価値を生み出そうとしている。

 

「30年以上は使えると思いますよ」と、北村さんが自信に満ちていうように、メンテナンスを継続していけば、永く使えることうけおいの日進木工の家具たち。そこに、永く使え、使い続けるほどに味わいを増す飛騨さしこのコラボレーションとあって、末永く生活を共にする存在になりそうだ。

 

北村さんは今回の新たなチャレンジはもちろん、日進木工の家具全般に対して、どのように使ってもらうことを望むのだろうか。

 

「デザイン的なところでいえばうちの家具はあまり押しが強くないんです」と笑ってから、こう断言する。

 

「大切なのはユーザーの生活であって、家具がでしゃばるおしつけがましさのようなものは出ないようにしているんです。なので、どんな暮らしにも馴染むようにと考えてます。」

 

軽くて、丈夫。そして長持ち。暮らしの空間を彩る大事なインテリアのひとつとして、日進木工の家具を選んでみてはいかがだろうか。





2022年10月20日