高山市街地から約1時間のところにある上宝町。(有)飛騨山椒は新平湯温泉と栃尾温泉というふたつの温泉地に囲まれた標高800mほどの集落にある。焼岳や槍ヶ岳を望むことができる、自然豊かな場所だ。取材は4月初旬に伺ったが、山にはまだ薄っすらと雪が残っていた。このあたりは「奥飛騨」とも呼ばれ、飛騨の中でも奥の奥、高山市街地からも峠をひとつ越えなければいけない場所だ。


「上宝は昔から山椒がよく取れたんです。」


飛騨山椒社長・内藤一彦さんが山椒畑を案内してくれた。


「京都は山椒で有名ですが、京都の山椒の原材料はこの奥飛騨から出荷していたんですよ。」

飛騨山椒ができる前、この上宝町の人々は山に自生している山椒の実を集めて農協経由で京都の七味屋に売っていた。これに注目したのが内藤さんの叔父である創業者の神崎さんだ。

神崎さんは、良質な山椒が採れるにも関わらず、長い間原材料の供給地としてしか評価されない状況に疑問をもった。影に隠れて、様々な産地と一緒くたに扱われるのは勿体無い。江戸時代にはここから徳川幕府に山椒を献上したという記録が残っているほどだ。神崎さんはそれまでやっていた自分の仕事を辞め、大昔から定評のあるこの地の山椒を世に広めたいという気持ちで一念発起、生産から加工、販売までを行う、(有)飛騨山椒を立ち上げた。

この地域で育つ山椒の品種は「高原山椒(たかはらさんしょう)」という品種だ。高原というのは飛騨山椒から望むことができる槍ヶ岳などから流れ出す「高原川(たかはらがわ)」を由来としていて、この地域特有の品種である。この品種は実が小粒で、香りのもちが良いのが特徴。収穫から1年経っても香りが衰えないと言われている。

 


「食べた瞬間に鮮烈な香りが鼻を抜けます。高原山椒は他の地域と比べてフェラドレンという成分が多く含まれています。1度食べると癖になりますよ。」


※フェランドレン:ペパーミントの様な香りと、ほのかに柑橘の香りを帯びるとされる


山椒はミカン科の落葉樹だ。山椒の木というのは総身無駄がなく、新芽、花、実が食用になるばかりでなく、幹は堅くて香りのいいすりこぎになる。雄雌異株で雄は4月に花をつける。これが花山椒で、料理にあしらったり、佃煮、塩漬けなどに用いる。えぐみが少なく、山椒ならではの痺れ感も少ないためサッとゆがいてそのまま食べられる。収穫時期は4月下旬から1週間程度で、年にこの時期しかお目にかかれない希少な食材である。


雌は初夏(6月中旬)に小さな身をつける。これが実山椒。木には棘があり、避けながら手で摘み取る。これを地元では「山椒もり」という。青々としていて、割ってみると中に白い種がある。実を食べられるのはこの時期のフレッシュな山椒だけ。塩や醤油につけたり、最近ではジンに漬け、オリジナルのクラフトジンを作る楽しみ方もある。


その後7月ごろから採れる山椒は先の実山椒とは違い、中の種が黒い。この時期の山椒はまだ青々としているが、香りや痺れ感が強い時期だ。黒い種を取り除き、果皮だけを使い、粉山椒となる。(青山椒とも呼ばれる。)さらに、秋ごろに採れる山椒は紅葉するため実を赤くする。この赤い実を粉にしたものが赤山椒となる。赤山椒は青山椒よりも香りがつよい。


このように山椒というのは年中、季節の変化とともに楽しみ方も変化していく。英名では「Japanese Pepper」と呼ばれるだけあり、日本を代表とする香辛料で、木自体は沖縄以外の日本中どこでも育つことができる。里山には野生の山椒の木も存在する。



「最近は山椒の生産量が全国的に少なくなってきてるんですね。僕たちにも理由はわからないですが、天候不順によるものだと思っています。山椒は水に弱いので、大雨などによって木が弱っていくんです。ありがたいことに、料亭や、うなぎ屋さんにうちの山椒を指名いただいていて。どうにか生産量を増やしたいんですが、自然相手なのでなかなか先が読めないのが現状です。」


飛騨山椒のこの味を求めて全国からたくさんの料理人がこぞって集まるほどだ。しかし、なぜ奥飛騨で採れる山椒は国内の他産地よりも取り沙汰されるのか。その答えは、この奥飛騨の気候と(有)飛騨山椒の加工法にあった。


高原川沿いの半径5km、標高800mのエリア。高冷地特有の気候がこの高原山椒を育む。昼夜の寒暖差があり、夏季は湿気が少なくカラッとしている。水に弱い山椒の木には適した場所である。空気が澄んでいることも木々が育つのには好条件である。(有)飛騨山椒では代々この土地に自生する香りの強い優良個体を選別し、接木をして増殖をしてきたという。そうして、この土地に最適化された山椒の木は苗から10年〜20年ほど生きるという。


摘み取った実を半日から1日かけて陰干しする。そこからさらに2日間天日干しをし、種を取り除き、残った果皮のみを石臼でじっくり粉にしていく。ミルのように擦ってしまうのではなく、約2日間かけてじっくりと石臼で砕くのである。これが飛騨山椒の香りや痺れ感のシャープさを残すのである。

「香りというのは熱に弱いので。香りを残すために創業者がこの石臼を使った粉砕機を開発したんです。この粉砕機は創業当時から50年間使い続けています。」


山椒には様々な成分が入っているが、飛騨山椒の山椒は他地域と比べて辛味成分のサンショオールや香り成分のフェランドレン、オイゲノールが濃いことがわかっている。こういった、山椒独特の風味を残すために石臼を使う。粉は若干荒めで、存在感がしっかりとある。和食をぐんと引き立てると同時に、食べると活力を高めるような効果もあるそうだ。奥飛騨の爽やかな気候風土によって鮮烈な風味が育まれるのである。

hiHIDAでは4月下旬に採れる花山椒と、初夏の実山椒を限定数にて販売する。

日本の四季のうつろいと共に、そこから生まれる山の恵み。奥飛騨の澄んだ空気にはぐくまれた、飛騨特有の山椒の香りと味わいを1度体験してほしい。

2023年04月24日